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観光福祉タクシーかねだオークラのドリーム

東京湾横断鉄道アクアレイルラインの必要性と健康長寿を保つためのヒントを書きたいと思っています

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明治維新から150年。日本に鉄道が開通してから146年です。

1872年10月14日 新橋駅ー横浜駅間が開通して、明治天皇のお召列車が往復しました。10月15日正式に全線営業を始めました。全線29キロメートルのうち3分の1は海上線路でした。これによって日本の鉄道事業がスタートしました。
 1854年ペリーの黒船が2度目の来航をして3月8日横浜村で会談を開始、3月31日日米和親条約が締結されました。当時の横浜村は、東海道から離れており80軒ほどの漁師小屋が建ち並ぶ゜半農半漁の漁村の寒村でした。
 木更津は江戸幕府から江戸ー木更津間での渡船営業権、日本橋「木更津河岸」を拝領地として与えられ、特権をもっていました。安房、上総、江戸間との海上輸送を取り扱う流通処点として急激に発展しており、五大力船としての木更津船は有名でした。
 なぜ横浜と木更津の立ち位置が逆転してしまったのでしょうか。横浜は1859年6月2日に開港して居留地が作られ海外との交流がはかられました。そして鉄道がひかれました。
 私は、新橋ー横浜間にみられる鉄道輸送がおおきく関係していると考えています。そして東京ー木更津間の距離も大事な点であると思っています。現在横浜ー東京間は、新幹線、東海道線、横須賀線、京浜東北線、京急線。東急線等が走っています。それに比べると木更津ー東京間は内房線だけです。木更津から東京に行くのには、千葉から浦安までの区間、大回りしなければならないので距離、時間ともかかってしまいます。これらのハンデをなくすためには、東京湾横断鉄道を通して東京ー木更津間を45分で結ぶことです。これによって木更津地区は江戸時代と同じような繁栄を享受できるでしょう。


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